午年に、左馬を置く 〜Placing a Left-Horse at the Start of the Year~

革でつくる、将棋の飾り駒

年のはじめに、
ふと手元に置きたくなるものがあります。
それは、何かを成し遂げるための道具というより、
「これからの時間をどう過ごすか」を
考えさせてくれる存在です。
2026年は午年。
馬は、古くから人とともに働き、旅をし、
暮らしのそばにあった動物です。
前へ進む力、
粘り強さ、
そして、戻ってくることができる安心感。
そんな意味を重ねて、
日本では馬にまつわる縁起物が、
いくつも生まれてきました。
左馬(ひだりうま)という縁起
そのひとつが、
将棋の駒に由来する「左馬(ひだりうま)」です。
「馬」という字を、左右反転させた形。
一見すると、書き間違いのようにも見えますが、
そこには日本独特の縁起の考え方が込められています。
馬は人や物、財を運ぶ存在。
それを“逆”にすることで、
出ていったものが戻ってくる。
巡りが良くなる。
左馬は、
商売繁盛や金運招福の象徴として、
古くから親しまれてきました。
勝ち負けを競う将棋の世界にありながら、
争いではなく、
循環や戻りを意味する存在。
そこに、日本らしい時間の感覚を感じます。
将棋駒の本場・天童という場所
将棋駒には、
勝負の緊張感の中で磨かれてきた
独特の美しさと均衡があります。
その将棋駒の本場として知られているのが、
山形県天童市です。
天童では、
今もなお多くの駒師が手仕事によって駒をつくり、
世代を超えて技を受け継いでいます。
一枚の木地に向き合い、
形を整え、
文字を入れる。
そこにあるのは、
効率よりも、
省かない時間。
将棋駒は単なる勝負の道具ではなく、
文化として、
人の手とともに生きてきた存在です。
天童の駒師とともに
服部がつくっている革の将棋飾り駒は、
天童の駒師との協業から生まれました。
革で将棋駒をつくる。
それは、単なる素材替えではありません。
文字の大きさ、
配置のバランス、
駒としての佇まい。
それらはすべて、
将棋駒を知り尽くした目と感覚がなければ
成り立たないものです。
天童で培われてきた技と感覚を土台に、
服部は革という素材で、
あらためて駒の形に向き合いました。
革という素材が刻む時間
革は、
使われることで表情が変わっていく素材です。
触れた回数、
置かれた場所、
過ごした時間。
それらが、
静かに刻まれていきます。
駒を重ね、
縫い合わせ、
文字を刻む。
その工程は、
鞄づくりと同じく、
時間を省かない仕事です。
机の片隅に。
棚の上に。
視線の端に。
そこにあることで、
ふと自分の時間を整え直すための存在です。
服部が考える「本物」
服部が考える「本物」とは、
派手さや希少性のことではありません。
それは、
つくり手の手順が省かれていないこと。
時間が削ぎ落とされていないこと。
天童の駒師とともにつくる革の将棋駒には、
その考え方が、
自然な形で表れています。
革の重なり。
文字の位置。
手に取ったときのわずかな重さ。
それらはすべて、
人の手が積み重ねた時間の結果です。
午年のはじまりに
前へ進む年。
同時に、戻ってくる年。
午年に、
左馬の革駒をひとつ置くということ。
それは、
勢いだけで進むのではなく、
巡りを大切にしながら、
自分の時間を確かめることでもあります。
勝ち負けではなく、
どう過ごすか。
服部の革将棋駒は、
その問いを、
暮らしの中に静かに置くための道具です。
年のはじめに、
本物の手仕事がそばにあること。
それが、
これからの一年を考える
小さなきっかけになればと思います。
