HATTORI STORY 第4章
~なおす~ 時間(とき)をつなぎ、未来へ渡すために
~かばんの修理は、時間の続きをつくる仕事。~
かばんは、壊れたから終わりではありません。
むしろ、直すことで新しい時間が始まり、使う人の物語は続いていきます。
服部にとって修理とは、「時間をつなぎ直すこと」です。
壊れた部分に宿る“その人の時間”
かばんが壊れる時、そこには必ず理由があります。
毎日の通勤で同じ角に負荷がかかっていたり、肩にかける癖でベルトの付け根が弱っていたり、たくさんの荷物を運んだ年月の跡が出たり、壊れた部分は、使う人の生活の証そのものです。
服部では、壊れた箇所を見ると、どんな時間をともに歩いてきたのかが静かに伝わってきます。
修理は、“その時間を否定しない”という姿勢から始まります。
「こんな古いかばんでも直せますか?」という声。
ある日、お客様からこんなお問い合わせをいただきました。
「こんな古いかばんでも直していただけますでしょうか?」
届いたかばんは、革も金具もすっかり疲れていて、長い年月をいっしょに歩いてきた跡がはっきり残っていました。
丁寧に修理し、お返しした時、お客様は思いがけないほど喜んでくださいました。
その瞬間、あらためて感じました。
服部のかばんであれば、できるかぎり直したい。
その人の物語が、また歩き出せるように。
“直す”ことと、“治す”こと
かばんを“直す”のは技術です。
けれど、その瞬間が使う人にとって、ほんの少し “心を治す” 時間になることがあります。
長く寄り添ってきた道具がふたたび立ち上がると、人は少しだけ前を向けるからです。
直すことは、道具を蘇らせるだけでなく、その人の時間にそっと明かりを灯す行為でもあります。
なおすことは、未来への手渡し
修理とは、単なる“補修”ではありません。
未来の時間がもう一度走り出せるように、かばんを整えることです.
コーナーの革を張り替えれば強さが戻り、ステッチを引き締めれば歩くリズムが蘇る。
ファスナーを交換すれば、毎朝の「開ける・閉める」が心地よく戻る。
直した部分には、過去と未来が重なっています。
その瞬間、かばんはもう一度“その人の道具”になるのです。
豊岡はもともと、“なおす文化”の町だった
日本一のかばん産地・豊岡。
この町で受け継がれてきたのは、つくる技術だけではありません。
柳行李の時代から、壊れたら直し、また使う。
「道具は長く使うほど価値が深まる」という考え方、服部の修理の姿勢は、この豊岡の文化の延長線にあります。
“使う人が主役”という思想は、直す姿勢にも静かに宿っています。
直ったかばんは、持ち主を励ます
傷が消えるわけではなく、過去の跡はそのまま残ります。
けれど、それでいいのです。
その跡こそが、持ち主の人生の証だから。
直ったかばんを手にした時、人は少しだけ姿勢が変わることがあります。
「また明日も頑張ろう」そんな、誰にも言わない小さな決意が静かに宿ることがある。
なおす手がある限り、時間は終わらない
かばんは道具です。
けれど、直すことで新しい可能性が生まれる道具でもあります。
これまでの時間を受けとめ、これからの時間を支えるために、
今日も修理台では静かな手が動き続けています。
~あなたが “ものではなく、時間(とき)” を持ち歩き続けられるように。
