春を待つ器 〜 A Bottle Case That Remembers Seasons 〜

冬の夕暮れは、
いつもどこか“季節が変わる前の匂い”がする。
空は沈みきらず、
街灯が一つ、また一つと灯りはじめ、
街の輪郭がゆっくりと夜の色に溶けていく。
その道を歩きながら、
右手にはスパイラル(ボトルケース)の重みがあった。
革は外気を吸って少し冷たい。
けれど、不思議とその冷たさが心地よい。
冬の張りつめた空気と、
手の中の“時間の体温”が薄く重なる感覚。
今日買ったのは、冬のしぼりたて。
この季節だけの透明な香りが、
瓶の向こうで静かに息づいている。
古い花屋の灯りがふわりと漏れていた。
硝子越しに見えるのは、
冬を見送る椿の赤、
早春を告げる梅の白、
蝋梅の金色。
その隣に、素焼きの小さな花器がいくつも並んでいた。
ざらりとした土の肌。
焼きむらのある自然な色。
冬の日にできる低い影が、
静かに棚に落ちている。
土の器は嘘をつかない。
火と土だけでできた“自然の形”。
それは豊岡の古い家並みや、
円山川沿いの土壁を思い出させた。
「花はね、土に触れると季節がそのまま残るんですよ」
店主のひと言が、帰り道の空気にすっと溶けた。
椿を一本選び、
スパイラルの横に添えて歩き出す。
冬と春のあいだを片手に連れて帰る気持ちで。
玄関を開けると、
冬の冷たい空気がまだ肩に残っていた。
灯りをつけると、
光は部屋の温度と混ざり合い、
冬と春の境目をそっと照らす。
テーブルにスパイラルを置く。
街の中で見た“冬の道具”の表情は消え、
家の静けさに溶け込みながら
“春を迎える器”へと変わっていく。
日本酒をそっと注ぐ。
香りは静かに立ち上がり、
冬の透明な冷気が部屋のぬくもりへ溶けていく。
飲み終えた瓶に椿を挿すと、
その縦の線が今日の記憶をそっと貫き、
瓶をスパイラルに戻した瞬間、
革の螺旋と花の縦線が交差し、
柔らかな余白が生まれた。
その余白こそが、
季節がゆっくり移ろうための“小さな場所”なのかもしれない。
